2017年4月26日水曜日

2017426日【雑用】
日本の研究者の方々は、「雑用が多すぎて研究に100%集中できない」とほざいておられるが、大学の場合、給料が100%教育の対価として出ているのだから、100%教育に専念して、空いた時間で研究すべし。もし、100%研究に専念したければ、研究のためにのみ給料が支給されている組織を選ぶべし。

また、雑用(いわゆる研究に直結しない事務作業?)だけど、僕も場合、奈良先端大学院大学にいたときも、今いるATRでも、雑用はほとんど皆無。これは、もちろん、周りや縁の下で僕の研究を支えてくれている方々のおかげではある(これは大変感謝しております)けど、僕は、全く実感がない。

雑用が多すぎるのか、それは単なる研究が上手くいかない口実で逃避行なのか(子供が勉強できないことになんだかんだと口実をつけるのと本質は同じ)、どうなんだろうか?

僕は、アメリカで25年間研究しラボもPIとして運営していた。日本の研究も今年で8年目になる。それで、アメリカと日本での研究において、雑用という点のみに関しては、僕の場合、特に量的には全く違わない。

僕の場合が特殊と言われればもともこもないけど、どうなんでしょうか。

以前、朝日新聞のWebronzaにもこういうの書いたけど:
http://webronza.asahi.com/science/articles/2016121300003.html


2017年4月25日火曜日

2017425日【命について】
超高齢化社会となり、仕事もない、家族もいない、周りの同年齢の友達もだんだんなくなってくる、自分の体も自由が利かなくなる、こう言ったご高齢の方々が、「自分は何のために生きているんだろう」と思い始める。いろんな理由を探してきて、何とか1日1日を生きようとするけど、思いつける理由も底をつき始める。

超高齢化社会だからこそ、「命」については幼齢の頃から色々と接し考える機会を持てるようにすることが、今まで以上に大切になっているのではないかと思う。

「命」は、僕個人的には「受けたもの」と思っているので、自分の命は受け入れたまま全うする。

2017年4月24日月曜日

2017424日【Youは勘違いしてませんか?】
憧れの仕事(職場)につけて、ウキウキしている若者も多いのではないかと思う。しかし、よくあるケースで、憧れの仕事(職場)につけて、周りの「素敵な」方々がバリバリカッコよく仕事をしているのを見て、その中に自分がいることで、あたかも自分もそのレベルになったかのように錯覚する若者は多いのではないだろうか?ほとんどの場合、それは単なる錯覚で、Youはそんなレベルからはほとんどかけ離れていて、そのレベルになれるのは新入社員の中でも稀な一握りだということ、そうなるためには、これから何十年も血の滲むような努力を重ねてこそなれるということ、それを理解して行動に移すべきだということを、若い方々はしっかりと自覚しないとならないと思う。

大学や学校も同じ。自分の希望する大学や学校に入学して、周りのキラキラ輝いている先輩たちを見て、あたかも突然自分がそのレベルになったかのような錯覚を持つ新入生を多いのではないだろうか。


とんでもない錯覚に惑わされて、自分の足元がちゃんと地についているかどうかを、今一度見直しましょう。

2017年4月23日日曜日

2017423日【群れ】
人は社会的動物なので、本能的に群れたがる。群れることが生存に必要だからだと思う。しかし、個の生存のための群なのか、群れが生存(存続)するための個は要素なのか、これはわからない。おそらく、両方だと思う。

4月は新入社員、新入生が、それぞれ色々な群れに加わって、その中で、さらに色々な新しい群れを形成する。これを、僕は、毎年面白く観察させてもらっている。

自分の選んだ群れの場合もあるだろうし、何にも考えないで能動的に所属した群れもあるだろうし、自分で群れを形成した場合もあるだろうし、色々なケースがあると思う。


でも結局は群れなしには人間は生存できないので、個から群れ、群れから個、この両方向から大きな視野で物事を考えたり感じたりする方が、個にとっても群れにとってもメリットはあると思うので、どちらかを極視すると、辛くなるだけなので、もっとリラックスした方が物事は正の方向に動くと思います。